全部逆になってるんだよ

色々なことがあります。

でもね、それが「された」とか「してあげた」とかじゃないんだよ。

全部、逆に見せられているのがこの世界の真実なんだ。

続きを読む

この世界にはやっぱり自分しかいない気がする

バシャールの真似事なわけではないのですが、たまにふと思ってしまうんですよね。

何をどう考えても、全ては自分。

そして、自分の心の中しか存在していないって、思ってしまいます。

続きを読む

脳内で集めた情報が真実になるのは間違いないと思う

何を見てもどこへ行っても、信じたものだけが真実になる。

自分の都合のいいように解釈するために、人はそれを選択しているかもしれない。

バシャールの言っている「意識が真実となる」というのは、たぶんこのことだと思う。

続きを読む

目の前の道を辿れば必ず道は開かれていく

苦しい時、辛い時。

挫折や絶望を味わうと、もう二度と立ち上がれない気持ちになることもある。

全身の力が抜け落ちて、何もかもが終わりにしか思えなかった。

それでも、今を生き抜くことによって、必ず道は開かれていくものなんだ。

「もうダメだ!」

そう思ったことが、これまでに何度あったことだろう。

思い悩み、逃げ場がなくて、どうしようもないと絶望した。

でも、それでも私は今まで生き抜いてきた。

今思い返せば、想像もしていなかったような経験をし、沢山の試練を乗り越えてき。

誰かが悪いわけではないけれど、教えられたことを鵜呑みにして、何もかも真面目に信じてきたことで、苦しい思いを沢山してきた。

正解はないんだよ

この記事を読んでいる人で、今辛い状況にあるのなら、恐らく真面目で頑張り屋さんなんだろうね。

だからこそ、完璧主義になってしまい、完璧主義になることでダメなところを見つけて、自分にも他人にも責めたり咎めたりしてしまうんだよね。

気持ちはすごくわかる。

結局のところ、真面目過ぎるわけだよ。

今だから言えることだけど、正解はないんだよ。

社会では、それがあるように見せられているだけで、実際には万人に共通する正解なんてものはないの。

あるのはただ、自分がどうしたいかだけ。

最終的には自分で選べばそれが正解になるんだ。

その前の段階ではただの悩みのタネでしかないけど、選んだ瞬間に正解になるから、怖がらずに選んでみて。

そうすれば、それは消えるからさ。

全てが正解で、何も考えずに進んでいいんだ。

私たちは、親や先生から「正しい道」みたいなのを教えらた。

それが間違っているということと、私はそれは嫌だということはイコールでじゃないいんだよ。

みんなはそれが正しいんだから従うっていうけれど、嫌だからやらない。

それが本当の正解なんだ。

誰も揺るがすことのできない自分だけの正解。

他人の言う通りには、絶対にしないほうが自分のためだから。

私たちは、もっとわがままに、好きなように生きていいんだ。

全て自分の思いこみ

「もうダメだ!」「終わった」「無理だ」

何度経験したかな。

その事実があるだけではなく、周囲の人たちからもそれを咎められ、心はボロボロになるばかりだった。

正しいと言われる道を通っても、何度も同じことが繰り返されていくだけ。

今なら言えることだけど、全て自分の妄想で、全て自分が自分へしている脅迫でしかなかったんだよね。

そうなったら終わり。

そうなの?

それは誰が言いていること?

自分?

終わったんじゃなくて、楽になっただけ。

崩壊したんじゃなくて、解放されただけ。

別れたけども自由になっただけ。

全ては、自分の思いこみによって現実は作られていて、進める方向を見ればいいだけだった。

それを何かを取り返そうとして、空いた穴を埋めようとするから苦しかった。

そこには最初から穴なんでないし、自分で穴を作ってるだけだった。

単純に、それが終わったのだから次へのスタートを楽しめばいいってだけだった。

目の前の道を辿るだけ

何かが起こると、その反動で何かをしようとしてた。

そうやって生きている時は、とても苦しかった。

嫌なことが起こるたびに、「だからダメなんだ」と自分を責めて、それを必死に取り返そうと頑張る。

見返してやろうと突き抜ける。

それをやると、まわりは褒めてくれて、一時的には上手くいったりもするんだよね。

でもね、それが正解の道だって思い込んで、そっちにずっと進んでいくと、それもまたどこかで壁にぶつかってしまう。

反動で動いた時は、反対側に振れてるから真ん中じゃないんだよね。

それありきの行動だし、勢いはあるけど無茶をしてしまう。

それでまた失敗をして、自分を責めて。

またその反動でを繰り返して。

これほどに苦しい生き方はなくて、浮き沈みが激しすぎるものはなかった。

だから、死にたいと思うほどに辛いことがあって、これでもかってくらいにテンションが上がる出来事もあって。

それもね、思い返すととても今では楽しい思い出となったかな。

絶対に大丈夫だよ

ただね、それは今こうして生きていて、ブログを書いたりもできるから思えること。

いつの頃からか、自分の人生に絶望し、何もかも諦めかけ、それでも毎日を生きた。

ただ、生きるのに精いっぱいで、何をどうしていたのかも細かいことは覚えていない。

とにかく、生きていたかった。

何をどうしたらいいのかわからなかったけど、とにかく目の前のことをやるしかなかった。

逃げ場はなくて、死ぬこともできなくて、ただただ、毎日を生きること、歩くことしか出来なかった。

それでも、その道を辿ることで、見えてくるものは確実に変わっていき、何もかもが変わり始めた。

それでさ、ある時に急に、どこからか声が聞こえたんだ。

「もう大丈夫だよ」

ってね。

これは本当なんだ。

その声はいつかあなたも聞くことになるよ。

その声の正体はわからない。

神様かもしれないし、ご先祖様かもしれないし、宇宙からのテレパシーかもしれない。

自分自身かもしれないし、そんな声は聞こえてもいないのかもしれない。

それでもね、心の底から「あ、もう大丈夫なんだ」「全部終わったんだ」と感じることが出来たんだ。

絶対的な安心感に包まれるような感覚で、やっとたどり着くことが出来た。

絶望して、もう何もかも終わりだって時はある。

でもさ、その全てを諦めるしかなくなる時が、本当の人生の始まりなんだ。

もし、似たような生き方をしてるなら、ひとこと伝えたい。

絶対に大丈夫だから、自分で選んで目の前のことを辿っていくといいよ。

目標を作ったり、どこかへ向かって頑張ったり、ダメなところを直そうと努力なんてしなくてもいいんだよ。

そんなのいらないんだよ。

ただ、小さな選択を重ねていくだけ。

自分の「好き」とか「いい!」とか「楽しい!」って気持ちを大切にして、それを辿るだけだよ。

そうすれば、どんどん良くなっていくから。

あなたは絶対に大丈夫。

世界はそういうふうにできてるんだよ。

宇宙に絶対的信頼をおいて全てを委ねてみよう!

やりたいこと、やりたくないこと。

まだそういった自分の思いがあるうちは、宇宙の力は発揮できないかもしれません。

最終的な位置は、自分が中心で留まりながらも、全てを委ねて流れていくことです。

続きを読む

一人で頑張ってしまう人への対応

何でも一人で頑張っちゃう人は、その頑張りがパワーみなぎるものとして続けられるうちはいいのですが、度が過ぎるとそれが迷惑になっちゃうわけです。

まあ、頑張ることがいいことだとしても、不機嫌は無言の暴力と言われていますからね。

続きを読む

流れがよくわからないって人へ

流れるように生きると楽。

全て流れに乗れば上手く行く。

そう言われても、なかなかその流れの意味がわからない、感じることが出来ないって人は、少し落ち着いて理解していこう。

続きを読む

人との間で起こっていることの真実

人との関係が、人生のほぼ全てです。

これが上手くいかなくなると、何もかもがカオスとなっていきます。

この歪みの解消をするためには、人との間で、自分の心の中で何が起こっているのかを知る必要があります。

場合によっては、少し心にダメージを受けてしまうことがあるのでご注意下さい。

今、辛すぎて苦しい場合は、読むのは控えて休むこと、楽しいことをやるのを優先することをおススメします。

ここでは、人の心理と人との関係について、少し衝撃的な真実を記します。

何かを変えたい、少しでもより良い人生へとシフトしたいのなら、読み進めてみて下さい。

途中で辛くなったら、素直に離脱して下さいね。

外側と内側は完全に鏡

外側には、自分の内面がそっくりそのまま現れちゃうんです。

これは、否定のしようがない完全な事実だから、受け入れるしかないんですよね。

これが苦しいところ。

トラブルが起こる時ってのは、必ず被害者と加害者が存在していますね。

これ、一見すると一方的に見えるんですが、実はどちらも同じなんです。

違う意味でも鏡ってのは作用してて、したことをされるんです。

それも違う方向から。

方向は違うけども、外側からってのは同じですね。

外に出したものが、自分へと返ってくるんです。

でね、それが何倍にもなるって話もあるのだけれど、されたほうはそう感じるって話で、してる方はあまりそうは思っていないってこと。

最初の、外側と内側が鏡って話に戻るけど、心にあるものがそっくりそのまま実体化しているような感じね。

その事実は、自分しか知らないんです。

それを、相手のせいにしてるだけなんです。

だからね、「やられた!」と騒いでる人ってのは、別のところでやってるか、もしくはそういう思いを心に秘めてるってこと。

悪口言われる、ひどいことされるって状態にあるのは、相手をバカにしていたり、憎んでいたりすることの反映ね。

それか単純に、いつもやってることかのどちらか。

裁くと大変なことになる

それを認めて被害を受け続けることに耐えてる人も中にはいるから、被害者を責めてもいけない。

被害者は、ひどく心が弱っている場合もあるから、単純に優しく励ましてあげて、耐えられるように支えてあげるべきなんです。

ただね、問題となるのは元気な被害者。

「やられた!」

「大変なんだ!」

「自分が一番辛いんだ!」

それもね、気持ちはわかるのだけどそれだけの元気があると、まわりからは「まだやってるのか」としか見えないんだ。

それにさ、それを言い続けることが、どれだけの攻撃になっているか気づいていないんだよね。

被害者を主張することは、とてつもない凶器となるんだ。

一番やったらいけないことが、被害をキッカケにアクションを起こすこと。

これをやっちゃうととんでもないことになるのですわ。

訴えたり、裁いたりすると、もう一生償えない十字架を被害者側は背負うことになっちゃうからね。

裁きを加えると、加害者側はその裁きによって報われるから、それで終わるわけ。

けどね、裁いた側、被害者側ってのは、相手に罪を償わせると同時に、一生償えないものを持たされるわけよ。

これが、歎異抄にある「悪人ほど救われる」ってことかな。

だから、辛いけど、苦しいけど、耐えられるなら耐えて、もうダメだなと思ったら逃げよう。

そんで、逃げてから、休んでから、心が回復してから自分の罪を反省しよう。

被害者も加害者もなくて、どっちも悪くはないんだからね。

ただ、互いの業(カルマ)を浄化してるだけだから、どちらかが追い打ちをかけたり、まわりがとやかく言ったりはしちゃだめなんだ。

それでも人として

こういうことを書くと、やられているのに見捨てる、被害者が一番つらい、と言われるのはわかってる。

でもね、一度どちらの立場も味わうと、全てが理解できるようになるよ。

一方的に誰かを攻撃して、追い詰めるような行為は絶対にあってはならないこと。

それが複数によって、一人を責めるようなものなら、絶対にいけないこと。

これをひっくり返したらわかるんだけど、被害に遭いましたって手を挙げて、誰かを悪者にする行為って、まさにそれに当たることなのよ。

それに気付けるかどうかだと思うんだ。

一番辛いのは被害者なのはわかってる。

私もかなりひどいいじめにあって、命を絶とうとしたこともある。

最後の選択は、自分の人生を終わらせるか、相手の人生を終わらせるかの二択になっちゃうんだ。

けどさ、最終的にはそんなことできないって、貝のようになった。

その先に見えたのは、暗闇に一本の光が射しこんできて、その光の中にいた存在は、自分だった。

気づいたんだ。

幸せになるために、悪口を言ってはいけないってメソッドは誰でも知ってるはず。

自分が言わなくなったら、言われなくなる。

この法則の事実は、実際には言われなくなるんじゃなくて、同じ言葉、同じ行動という現実は変わっていないのに、それが気にならなくなるってだけ。

そういった心理作用があるってこと。

それを試すと実際にそうだから驚いた。

けどその先にも新たな答えが待っていて、人との関係はそのように出来ているとするならば、「やられた」と言っている被害者は・・・ってことになるんだよ。

先にも書いた通り、それを知っていて受け入れて、耐え続けている人はそれはそれで素晴らしいことだからいいんだ。

一生懸命頑張って、たまに悪口言いながらでも直そうとしてるならいいんだ。

だけど、ずっと被害者を訴えてるってことは、その訴えそのものがそうだってことか、心の中で抱えているか、どこかでずっと同じことしてるってことなんだ。

鏡っていうのは、とても受け入れがたい真実だったけど、受け入れるしかないもので、そこからなんとか生き延びることが出来たのなら、あとは大丈夫だと思う。

温かく見守ろう

被害者も加害者も、どちらも内面的には全く同じなんだ。

どちらかというと、被害者のほうが罪を償おうとしてるから一歩リードだけど、仕返しみたいなことすると、また一からやり直して。

それと同じように、被害者が償ってる時に、さらに加害者側から追い打ちをかけるのも違うよね。

それをやっちゃうと、自分もまきこまれてしまうよ。

大切なことは、どちらもが辛い立場なのだから、周りで見ているみんなが、どちらかに加勢するでもなく、見て見ぬ振りをするでもなく、二人を温かく見守ってあげること。

そして、どちらも壊れてしまわないように支えてあげて、助けてあげること。

本当は、やったやられたなんてなくて、ただどちらも辛いだけ、寂しいだけなんだ。

見てる暇があったら、そのやりとりの悪口を言う暇があったら、助けてあげようよ。

もう、その辛い現実をどうにかできるのは、周りで見ている余裕のある人たちだけなんだよ。

被害者とか加害者とか、そんなの関係なくて、当人同士のただのケンカでしかないんだから、止めてあげればいいじゃないの。

それが、一番の平和的な解決ってことだよ。

やったほうをつるし上げて、「こいつが悪人です」なんて世の中は、そんな悲しい世の中はあってはダメなんだ。

みんなが仲良く、楽しく幸せに生きられる社会を、みんなで作っていこうよ。