その道を歩いて下さい

どれだけの暗闇の中に落とされても、いつか必ず一本の光が射しこみます。

あなたはただ、それだけを信じて下さい。

必ず道は開けていきますので、今は苦しくても、とにかく信じ続けることです。

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ピンチは成長する絶大なチャンス

あなたが追い込まれている時こそ、大きなチャンスが目の前にまで近づいてきています。

ピンチだと思えば、それはまさしく苦しく辛い現実に思えますが、今の場所から大きく飛躍する一歩前です。

焦ることなく冷静に対応し、ピンチを耐えることによって成長できます。

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現実世界は意識によって創造されている

良いこと、悪いこと、正解、不正解。

そういった二極のものは実際には存在せず、対となっているものが同じ存在としてそこにあります。

仮にもし、今感じている世界がどちらかに偏っているのなら、意識が傾いていることを意味しています。

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あなたは絶対上手くいく

今、とても辛い状況に立たされているかもしれません。

しかし、その経験はこれからあなたが上手くいくために絶対に必要なものです。

そうでなければ、そのようなことは起こりません。

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あなたは素晴らしい人です

辛かったこと、苦しかったことをもう思い出さなくても大丈夫です。

それは、仕方のないことなのですから、そっと胸にしまっておいて下さい。

心の傷は完全には癒えませんし、記憶から消すこともできません。

ですが、その経験があったからこそ、今のあなたがあり、それまで以上に人に優しくなれるはずです。

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それ、やめてもいいよ

なんだかさ、つまんなそうにやってるけども。

それ、やめればいいんじゃない?

楽しくもなさそうだし、最近愚痴ばっかじゃん。

いつも不幸を感じるののってさあ、根本的なところが治らないと同じことの繰り返しなんだよね。

思考を変えるとか、瞑想するとかもあるけど、そういった哲学やスピリチュアルなものをずっと辿っていってごらん?

得たものは何?

失うものは何?

答えは最初から出てるんだよ。

私たちはさ、子供の頃に散々怒られて育って「もっと頑張れ」とか「努力しろ」とか「自分のせいだろ」なんて言われてきたけど、それ全然違うからね。

他にもさ、「若い時の苦労は買ってでもしろ」とか「嫌なことも我慢してやれ」とか言われてたよね。

大人になって思うけども、それはやりたい奴がやりゃいいじゃん。

苦しいことが好きなんだろうから、好きなだけやらせとけばいいでしょ。

でも、それを他人に強要するのはおかしいし、言われたからと言ってやるのもおかしい。

言われてもやらないよ。

だから、他の誰にもやれとは言わないよ。

みんな好きなように生きたらいいじゃん。

例え相手が子供でも、なんでそんなこと強要するんだろうか。

「将来困るよ」「あなたのため」「今やらないと大変なことになる」

そうか?

私はならないと思うし、何の問題もないと思うけど。

不安を煽るのはもうやめようよ。

恐怖を与えて走らせるようなことは終わりにしようよ。

今幸せならそれでいいじゃん。

どうでもいいから楽しく過ごそうよ。

愚痴るくらいならやめればいいじゃん。

単純なことなんだよ。

そりゃ理想はさ、今の現実も楽しめることだよ。

でもさ、愚痴が出始めたってことは、もう休めのサインなわけよ。

そこでさらに頑張るから、人が壊れちゃうんでしょ。

こんな時代になって、ここまで来て、気づこうよ。

やらなくてもいいんだよ。

楽に生きればいいんだよ。

やりたい人に任せればいいんだよ。

頑張ってる時点で、それは終わってるってこと。

学校に行きたくない、仕事に行きたくない。

それを根性なしとか言ってるけど、そうじゃなくて、休めのサインなの!

行かなくてもいいの。

行きたくないって気持ちを認めてあげなきゃ、何もかも終わっちゃうよ?

誰の身にも起こることだし、互いにしんどくならないように生きればいいだけ。

なぜこうまでして頑張って、張り合って、苦しい選択を重ねていくのだろうか。

それ、やめてもいいって。

逃げてもいいって。

ほったらかしといたらそのうちなんとかなるって。

そんなもんはどうでもいいからさ、美味しいものでも食べにいってさ、綺麗な景色を見てさ、楽しいことをやっていこうよ。

競争したって虚しいだけだよ。

面白くなくなったら、もうそこは諦めようよ。

愚痴を言いながらやってるそれ、やめてもいいよ。

記憶のない期間

まあ色々なことがあったわけで、当時の記憶が全て消えてしまっています。

これは、病気だとかそういったことではないと私は認識しています。

それだけ何かに必死だったわけで、その時に私は一体何をしていたのでしょうか。

悪に染まった人が更生した時、「まるで長い夢を見ていたようだ」と表現していることがよくあります。

それと全く同じ感覚です。

当時は、毎日をただ生きることだけに専念し、一日を必死に生きていました。

記憶が全くないというわけではなくて、何をしていたのかあまり覚えてはいなくて、一部の場面だけが断片的にだけ映像として遺っているだけです。

何を食べて、家ではどのように過ごして、誰と何を会話したなどは一切覚えていません。

たまに思い出すものは、なんとなく耳に入った言葉や、心に焼き付けた映像だけです。

この現象を掘り下げれば、病気だの記憶喪失だのと言い出すことでしょう。

しかし、この状態が正常なものであって、意識が今へと集約され始めたことを意味していると感じました。

前はこうだった、なんて話をしている時には、あまり楽しくもないもので、記憶が消えていくということは、今を生きているということ。

当時に何を考えながら、何をしていたのかなんて覚えてはいません。

やっていたことと言えば、とにかく日常をひたすらこなしていただけです。

やることをやって、食べて、寝ての繰り返しでした。

恐らく、私の人生ではそれが必要だったのでしょう。

そして、今思い出せないということは、そのステージはもうやりきったということ。

楽しくもなければ、苦しくもなかったのでしょうね。

ただ、生きていただけ。

それしかなかったのかもしれません。

死ぬこともできず、生きるしかなかったのです。

私は、何があったとしても、あなたを許します。