フラットアース理論「地球平面説」が面白い

天動説から地動説へ。

科学によって地球、太陽、銀河、宇宙の謎が次々と証明され、既に当たり前のこととして認知している地動説。

これが、面白いことに、これだけの文明を発展をとげている現代で、再びフラットアース理論として天動説を浮上してきているようです。

また、面白いことに、この「フラットアースのほうが納得がいく気がする?」という流れができ始めているのは、この宇宙に深く興味を持っている学者さんたちのようです。

なんで今更「天動説」となってしまいますが、科学はいつも疑問を持つことからひとつの答えへと向かっていきますので、全否定することはできないものです。

宇宙には沢山の星があり、太陽系と呼ばれる銀河の中に、地球があり、地球は太陽のまわりをまわって、なおかつ自らも回転している。

そのまわりを月がまわっていて、地球には昼と夜がある。

これらの地動説は、全ての理屈が一本の線で結ばれているもののため、宗教的な側面を除いて、科学の世界では定説として決まってしまっています。

フラットアース理論は、地球は丸いのではなく、平面になっていて、ドームのような空間に私たちはいる。

空はプラネタリウムのようになっていて、そこに太陽や星が証明のように動いて通り過ぎているのではないかというもの。

今更感はかなりあるのですが、フラットアース理論、地球平面説は思いっきり過去の天動説そのもの。

こうしたフラットアース理論を展開する人たちを、フラットアーサーと名付けるスラングまで生まれている。

量子物理学で言えば間違ってはいないかも

近年では、量子物理学というものによって、この世界に存在するものは全て、量子という形で存在し、本当は何もない空間に「在る」という形で出現しているかもしれないと言われている。

量子物理学は、説明がとても難しいもので、結局は観測者の意識内にあるものはそこに物質として存在し、意識外にあるものは全て物質ではなく波長のようなエネルギーとしてだけ存在しているという。

この説明で正しいのかどうかはわからないのですが、この量子物理学的な観点で考えてみると、フラットアースはある程度は正しいということになります。

三次元的視点、宇宙という存在のルールの中では、地球は丸く、銀河系があり、地動説が完全に正しいものになります。

ただ、量子物理学として、地球の一部に立つ自分、観測者からの視点としては、地球は平面であることは間違いない。

天動説を知らない世代では?

地動説がもはや当たり前の時代となり、そのことについて議論するようなものでもないのは当然です。

ただ、「昔は天動説だったけど今は地動説です」という教育を受けている世代と、「地動説です」という教育を受けいている世代では、少し違いがあるように思いました。

地動説が当たり前になっていくことによって、教育の世界では地動説を教えるのみとなり、過去に天動説という物があったということすら教えなくなるでしょう。

これは、地動説の歴史が積み重なるほど進み、天動説は薄まっていき、その存在すら忘れ去れています。

天動説は、「失敗例」「間違った解釈」「成立しない理論」としてきちんと教えていない場合、地動説が当たり前の世界の中で、「平面ってことはないよね?」といった疑問を持つ者が出てくるのもゼロではないような気がします。

科学者、研究者というのは、いつも定ちきゅうへいめんせつことから前進していきますので、天動説の存在を知らなければ、地動説に疑問をもって挑むことがあるのはおかしいことではないように思えます。

探求心と好奇心が心を躍らせる

人間は、いつの時代も疑問を持ちながら、確かめるために調べ、研究し、好奇心をもって突き進んできました。

地球平面説、フラットアース理論、地動説、天動説。

現時点では、地動説でほぼ間違いなく確定していますが、とにかく疑問をもって挑むことが人間としての楽しさのひとつかもしれません。

また、仮にフラットアースだとして、どこをどのように紐づけていくのかも楽しみなところです。

量子論によっても、もしかしたらこれらのどちらの理論も覆る日が来るかもしれません。

もしかしたら、観測者、私たち人類の多くがフラットアースを強く信じるようになった時、地球は平面になっているかもしれません。

ある宇宙飛行士は、宇宙空間へ行った時「宇宙は意思だった」と述べています。

これは、無限の自由意思が宇宙を創造していることへとつながり、アインシュタインの結論「わからない」へも精通します。

最終的な答えが、私が生きている間に導き出せるのか、あなたが生きている間に結論付けることができるのか。

生きている私たちのこの空間は、とても面白い世界ですね。

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