歴史から学ぶ幸せな生き方

テクノロジーの急速な発達によって、これまで何十年も進まなかった古代の謎や、超自然現象など、誰もが理解しやすいように解明されつつあります。

世界では、新たに「死海文書」が発見され、解読も飛躍的に進み、日本では謎とされていた仁徳天皇陵古墳の調査が行われました。

他にも、世界で発掘される古代文明の隠されたヒントが、次々とわかりやすく解析され、公開情報として展開されています。

「歴史」というものは、それが世界史であっても日本史であっても、どれも類似の側面を持っていて、その「歴史」そのものが、本当のことかどうかは「誰にもわからない」ということ。

それでも、「とりあえず今のところ」という段階の答えが、「歴史」として伝えられ続け、研究・解明とともに変化していくことも、当然の現象でもあり、それも「歴史」のひとつとなります。

膨大な時間を遡った時代の人たちは、どんな暮らしをしていて、何を思いながら生きていたのか。

そのヒントを辿るために、あらゆる手段を使って、これからも調査は加速し、次々と明らかにされるものが出てくることが予測されます。

「何が真実か」はどうでもいいこと

古代の文明を知り、歴史を知ろうとしていくことは、まずは「本当はどうであったのだろうか?」という疑問からアプローチします。

これは、踏み込む時のプロセスとして大事なモチベーションとなるので、あって当然の「感情」のようなものです。

ただ、その「真相」のようなものを追いかけていくと、別の答えが待っています。

「何が真実か」ということに固執することは、「それは間違っている」という否定的な意見に結びつきやすいため、意識していないととても危険な方向へと発展してしまう。

その「真実かどうか」ではなく、歴史は創られ、書き直され、何度も修正され続けながら、そのパズルのピースを合わせていくことも、歴史の内の1ページとなります。

「これが正式な歴史です」と、あるタイミングで決定したことは、その時点ではそれが正しい歴史であることは間違いありません。

それが繰り返され続けているだけなので、どれが正しく、どれが間違いで、真実がどうであったかなどは、誰にもわかりようのないことであって、間違いを咎める必要もない。

そして、その正しいか間違いかを議論する意味すらなく、「こうなんじゃないだろうか」という憶測の集合体で組み立てていっていく作業を繰り返します。

歴史的な古文書や遺跡に残されているデータと、そこに込められる意思も、それよりもさらに遡った、はるか昔の記憶や記録を集めたものとも推測できます。

そうすると、やはり「何が真実か」などはあまり意味を持たず、それを書き残し、形にし、そのようにして生きていたことの意味、がとても重要なことだと考えられます。

歴史から学ぶこと

どの歴史書を読んでも、どこを調査しても、ほとんどが似たような内容のことを示しています。

この世の誕生は、全知全能の神が生み出したということではなく、自らの誕生を意味しています。

そして、知恵をつけ、欲が生まれ、戦って、破れて、何かを学びます。

どの時代に生きたとしても、私たち人間、「自分」という存在が、それに見合った生き方をします。

そこから学べることは、互いに助け合い、協力し、調和しながら共生していくことが、種の存続に大きく関わってくるということ。

全ての原動力は、「愛」であって、「愛」こそが人間が生み出した大きな力だと考えられます。

「愛」が枯渇してしまった、「愛」が理解できなくなってしまった種族は、存続の危機に直面し、途絶える方向へと向かいます。

歴史というものは全て、全人類の辿って来た記憶であり、遺伝子に乗って受け継がれる経験と学びと言えます。

「自分」という存在を中心に、解き放っていくエネルギーは「愛」であり、それが幸せに生きるためのたったひとつの方法だと、歴史は語っています。

全ての経験が幸せの糧となる

歴史は、真実を知りたくなる好奇心を駆り立ててくれますが、間違いを否定する材料にするべきではありません。

全ては、人類として、受け継がれる遺伝子としての経験と記憶であり、それが今の私たちの幸せな暮らしを支えています。

そんな時代があったからこそ、そういった経験をしたからこそ、今もこうして豊かに平和に暮らせています。

「どちらが正しいか」を議論し始める、それは再び争いへと発展し、新たな惨劇の歴史を増やすだけとなります。

真実がどうなのかではなく、大切なことは、先人達への「感謝」「敬意」そして、子孫への「愛」です。

奪い合い、戦い、滅ぼそうとすれば、種の絶対数が減るのは当然のことです。

与え合い、助け合い、協力し合って生きて行けば、子孫は繁栄し、遺伝子に書き込まれた古代からの「愛」は受け継がれ、広がります。

いつも仲間を思い、家族を思い、生きて行くための努力を惜しまなかった、古代の人々の思いを無駄にしないため、今の幸せを大切にし、「愛」を伝え続けて生きて行きたいものです。

「愛」が人を幸せにしてくれる

日々の行いの積み重なりが、自分の歴史の積み重なりとなり、その集合体が、社会の歴史となり、全人類、地球上の活動へとつながっていきます。

また、「愛」を原動力とした行動は、自分の心を満たしてくれます。

生物学の世界で、面白い説があります。

動物の肉体を、細胞、染色体、遺伝子や分子レベルまで解析していくと、そこに書き込まれているデータ、目的とされる意思のようなものは、「子孫を残すこと」ではないそうです。

正確には「エントロピーの受け渡し」だそうです。

この「エントロピー」とは、何かを動かす運動エネルギーや熱量のようなもので、そのエネルギーを伝達させていくことが、本来の目的だそうです。

もちろん、生きていなければ運動エネルギーは動かせませんし、運動エネルギーがなければ生きてもいられません。

この両方から成り立ちながら、そのエネルギーをどうするのかと言えば、「子孫を残す」「自らの種を増やす」ことではなく、エネルギーを常に誰かに、どこかに私続ける活動を繰り返すということなのでしょう。

となると、やはりそれは、人間が「愛」と呼んでいるものだと思われます。

そこに、家族だから、友達だからその活動を行い、知らない人だから、嫌いだからと活動をしない、という概念は存在しなくなります。

それが、古代より人間に組み込まれている「真の生きる目的」だと考えられます。

いつでもどこでも、「愛」というエネルギーを受け渡し続け、そのエネルギーが循環し続けているのでしょう。

こうした理解を深めることにより、自分の生き方、日々の行い、小さな習慣などの行動は全て変化してしまいます。

全ては「愛」によって受け継がれ、どれだけの歴史を重ねても、その中心に在る「愛」は途絶えることはないでしょう。

幸せに生きてみよう

「愛」と呼ばれるエネルギーは、誰の中にも必ず存在しているものです。

そして、「何をすればいいのか」は、自分の中に必ず答えがあります。

必ずその「愛」による活動は、幸せな人生への道標となります。

「我欲」は必ず頭打ちとなり、循環が途絶えます。

「愛」のエネルギーは、無限の循環の流れを生み出します。

愛のある活動、行動を積みかさね、幸福の輪を広げてみましょう。

数千年、数万年という時間をかけて、人類が生み出した、素晴らしい力です。

この「愛」のエネルギーには、計り知れない力を持っていて、多くの人たちを幸せに導くことも可能にします。

今、この瞬間から、「愛」による幸せな人生を始めてみましょう。

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