人生は儚いものでとても貴重な時間

まだ若いうちは、人生という時間をさほど意識することはありません。

それもごく当たり前のことで、長年生きた方が、どれだけお説教をしたとしても、伝わること、理解することはないでしょう。

全ては、積み重ねられた経験によって、自ら感じ、自ら学び取るものであるため、その儚い一瞬の輝きには気づけないものです。

ここへ辿り着いたあなたは、「今」という大切な瞬間に気づき始めています。

人の生きている時間

生きていれば、色々なことで悩み、苦しみ、考え続けたり、他人と議論したりもします。

ただ、気づくべきこと、思い出してほしいことは、その一瞬一瞬がとても貴重な時間であるということ。

私たち人間は、「生きている意味」というものは持たずに過ごしています。

その「意味」を見出すのは自分自身で、決まっているものなどありません。

ただ、ひとつだけ言えることは、命を与えられ、生まれた以上は、必ず「死ぬ」ということです。

そして、「生きている時間」は「終わりへのカウントダウン」と同じであることに気付けるかどうかです。

この地球は、46億年前に誕生し、太陽系という銀河は、138億年まえに誕生したと言われています。

どちらも、私たち人間からすれば、途方もなく膨大な時間のように感じますが、全宇宙からすれば、46億年も、138億年も、人の時間の概念の数秒、数分の出来事でしかないそうです。

とすれば、人間が生命活動をしている時間というのは、ほんの一瞬の出来事、刹那の瞬きに過ぎないのです。

大切な時間を何に使うか

私たちが、人類共通の概念として用いている「時間」という概念は、本当は存在していないものなのですが、共同生活する上での尺度として、同じ認識を持つために使用しています。

ですが、自分自身という個体で観測してみると、時間=命であることは簡単に気づけます。

肉体を持った生命活動は、永遠に続くものではなく、必ず終わる時が来ます。

それを常に意識してみれば、この「今」という瞬間がどれだけ貴重なものかが分るでしょう。

こうした意識の改革は、その後の自分の人生を大きく揺るがす概念となります。

どうしようか悩み続け、考え続けて苦しむ。

どちらが正しいのかを議論し続け、証明するために戦う。

命、時間は有限である貴重な産物を、どこまで消費するのでしょうか?

どう生きるのかは自分の自由

時間、命、それは生命エネルギーであり、使い方はそのエネルギーを持っている人の自由です。

奪い合うのか、打ち消し合うのか、与え合うのか。

それは全て自分で決めることが出来ます。

あと、余命わずかと宣告されれば、何にそのエネルギーを使うだろうか。

現実的に、何かの病にかかった時に「あなたの余命は長くて3三カ月です」と、自分が信じ切っている専門家に伝えられれば、その瞬間から人生は変わることでしょう。

しかし、本当はそんな言葉を受け取らなくても、余命宣告はされています。

この世に誕生したその日、その瞬間に、余命は宣告されています。

ただ、その明確な時間、どれくらいなのかという感覚がわからないために、まるで永遠に続くかのように考え、「今」という瞬間を失い続けて生き始めます。

人は生まれた以上は、死ぬことが決定されているため、逃れることの出来ない法則であり、だからこそ、全ては「今」という刹那の瞬間に集約されています。

あなたはどう生きる?

私の人生は、全て私によって創られます。

あなたの人生は、あなたの物語です。

悩みますか?考えますか?

苦しみますか?耐えますか?

戦いますか?訴えますか?

やってみますか?行ってみますか?

楽しみますか?旅立ちますか?

降伏しますか?認めますか?

どれを選んでも、それが自分の正解であり、自分の人生です。

誰もがみな、「幸せになりたい」と願っているはずです。

そう願わない人は、この世界には存在していません。

「幸せになりたい」のであれば、「幸せになりたい」と願うばかりでなく、今、この瞬間に、自分がいるその場所で、幸せになればいいのです。

幸せになる方法に、他人や環境、場所やタイミングは関係ありません。

どんな状況であれ、幸せになることを選んだその瞬間から、幸せになれます。

人生という、儚い時間は、その「今」という刹那の瞬間の連続です。

過去や未来は存在しません。

「幸せ」を選んだ時から、生命活動の始まりから終わりまでの全てが、「幸せな時間」となります。

「今=永遠」です。

地球の誕生は46億年前。

太陽系は138億年前。

大切な時間を、どのように彩るのかは、あなた次第です。

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