真に「生きる力」とは

私たちがこの世界で生きて行くために必要な力とは、一体どんな力なのでしょうか?

勉強?練習?作法?技術?

もちろん、全ては基本動作から始まるため、基本をマスターすることは大切なことです。

しかし、力や技術などをどれだけ身につけても、その努力はどこかで頭打ちとなります。

そこから問われる力が、真の意味での生きる力というものです。

上手くいかなくなった時に、まだそれを頑張りますか?

どうにかしようと、さらに努力を重ねて踏み切ろうとしますか?

それもひとつの方法であるため、力尽きるまでやってみることです。

力尽きた時にこそ、真の力が問われるのです。

知識や技術が通用しない世界

勉強をしたり、基礎的な練習を重ねることによって、それが大きく揺るがない土台となります。

人格を形成し、物事がスムーズに進むようになります。

そこで、さらに知識をつけてみたり、新たな技術を習得する道を進むことでしょう。

ただ、それが通用しなくなくってくるタイミングが必ず訪れます。

それは一体どうしてなのか、自分自身では気づくことがなかなか出来ません。

それは、最初からその世界に生きているのに、そのことに気づかずに上辺だけの力をつけてしまったことによる現象です。

もちろん、それも無駄な努力であったわけではなく、そのことに気づくために必要な経験となります。

では、最後に試される「生きる力」とは、一体なんなのでしょうか?

知識や技術はもう必要ありません。

たったひとつだけ、問われるものは、優しさや愛情、信頼と呼ばれるものです。

真の意味で「生きる力」

本当の意味で生きる力とは、ひとつひとつの行動や言動に、どのような思いが込められているのかということです。

それは一体、何のためにやっているのか?ということです。

そこに愛が存在しなければ、強い絆が生まれるような信頼も得られません。

承認欲求を満たすためであったり、欲望に振り回されているものであれば、それが必ず自分へと返ってきて、生き辛さを感じることとなります。

生きることが辛いというのなら、自分の中にある「欲望」がその辛さを生み出しています。

楽に幸せに生きるために必要な力は、「愛」を持って行動し、「信頼」と呼ばれる強い絆を創り上げることでしかありません。

真の意味での「生きる力」とは、「愛の力」でしかないのです。

何のためにやるのか自問自答しよう

今やっていること、これからやることの原動力は、一体なんなのでしょうか?

不安だからやっておくというのなら、それはいつか失敗することになりますし、大切な人生を恐怖に染めたまま終えることとなります。

楽しいからやってみるというのなら、それは上手くいくはずですし、幸せで素晴らしい結果を残せるでしょう。

誰かのためにと愛を持ってやあるのなら、その行為は喜ばれることとなり、あなたは幸せになり、関わった人たちも幸せになることでしょう。

心の中心から愛を感じ、その愛を原動力とする行動を積み重ねていくことによって、あなたの生きる世界は光輝き始めます。

何かの違和感を感じ、いつも心にとげが刺さっているようであれば、今一度、自分と向き合ってみる時です。

生きる力が問われる時、試される時というのは、自分の中に眠る「愛」が試されている時でもあるのです。

これからどうするか

どれだけ考えても、これからどうするのか、何をやっていくのかを決定し、実践していくしかありません。

抵抗を感じること、苦しいことはやらなくてもいいことです。

物事をスムーズに進めるために、一体どういった意識で生きて行くのかによって、世界は変わります。

まず、してもらったこと、嬉しかったことを思い出し、感謝をしてみましょう。

与えられているもの、今あるものを大切にし、その中にある幸せを噛みしめ、愛を感じてみましょう。

次に、今の自分に出来ることを見つけ出し、それを片っ端からこなしてみましょう。

やれることは全てやってみて、頼まれたことを先にこなしていきましょう。

また、子供の頃に褒められたこと、嬉しかったこと、ずっつ続けていられる得意なことを思い出し、それを強みに実践していきましょう。

誰にでも、得意なこと不得意なことがあり、出来ることと出来ないことがあるのは当たり前のことです。

苦しい選択をするのではなく、力なしに進める得意なものを磨き上げて、その力を誰かのために発揮していきましょう。

お願いごとを引き受けて、そこに愛を持って取り組むことで、再びあなたへと愛が返ってきます。

愛の力を発揮することによって、あなたは唯一無二の存在となり、真の生きる力を解放していくことが出来ます。

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