適当に生きる勇気を持とう!幸せな人生設計!

真面目な人ほど苦しんでしまい、いい加減な人ほど幸せそうに生きているという事実があります。

これは、自分が思い描いた通りの人生になっていくという、心理学やスピリチュアルな思想がそのまま当てはまるもの。

そうしなければいけないと思い込んでしまえば、生きることが辛くて窮屈なのが当たり前となり、その通りの生き方しか出来ません。

楽に幸せに生きて、人生をもっと明るく豊かなものにしたいのなら、適当に生きる勇気と行動力を身につけるしかありません。

「そうしなければいけない」と言われて育てば、その理由も知らずに受け入れてしまいます。

そのうち、それが当たり前となっていき、いつの間にか「しなければいけない」「してはダメ」というルールが自分の中に出来上がり、固定されてしまいます。

この呪縛によって、自分で自分を縛ることになり、そのうち他者へも同じ価値観を伝播していくこととなります。

この連鎖によって、私たち日本人は真面目過ぎる文化を創り上げ、互いにやりづらい、生き辛い社会を形成してしまったというわけです。

仕事や学校の決まりの中で、疑問を持つことは沢山あっても、誰もそれをやめようとはしません。

本当はやりたくもないことなのに、何故だか正体不明の「しなければいけない」に誰もが従うしかなくなります。

この生き辛い環境から脱出するには、自分の中にある呪縛を自分自身で解きほどいてあげるしかありません。

全てを適当にこなす

完璧主義になってしまうことが、自分も他人も苦しめてしまいます。

どこまでいっても、完璧というものは存在せず、終わりがありません。

適当にやってのけることは、何故だか不真面目でいけないことという風潮があっても、本当は誰もがそのほうがいいと思っていることも事実です。

意味のないことをやめる。

ただめんどくさいだけで、誰も喜ばないことはやめる。

誰が言い出したかもわからない謎の習慣をやめる。

生きるのにさほど重要でないことはやめる。

今よりも、もっともっと完璧を目指すのではなく、もっともっと適当にしていくことが、互いに幸せで楽な社会を築く第一歩です。

目の前のことに一生懸命になることは、とても素晴らしいことです。

ただ、窮屈になってしまうくらいなら、楽に生きる選択をしたほうがいいでしょう。

誰かに強要するから、真面目にやらなくてはいけなくなります。

真面目にやりすぎるから、誰かに強要してしまいます。

適当に生きるだけで、みんなが楽になれるのなら、それでいいのではないでしょうか。

失敗することを許す

真面目になることは良いことだとしても、失敗することも許容しなければ、新たに社会へ進出する人々は苦しくて当然です。

若い時には、バカなことをやって、散々な目に遭って、そこから学んで成長していくのが当たり前です。

完璧を求め、真面目さだけを求めていれば、社会の生き辛さをさらに増幅させるだけでしかありません。

部活や勉強、仕事にしても、失敗を許しながら、楽しさを重視する場がなければ、成長は止まります。

何のために勉強をして、何のために働くのか。

それは、幸せになるためでしかありません。

ずっと永久に真面目に頑張ることを要求してしまえば、それは永遠に幸せになれないことを意味します。

始めから失敗を許さない社会ほど、恐ろしいものはありません。

何かの落ち度があればすぐに叩かれ、叩いたものだから自分の失敗も許されなくなる。

互いに苦しい社会となってしまったのは、失敗を許す心を忘れてしまっているからでしょう。

楽しさを重視する

正しさは、物事を面白くない方向へと進めます。

真面目過ぎることによって、いつの間にか楽しさを忘れてしまいます。

人生は、完璧な生き方を求めるよりも、楽しさを重視したほうが輝けるものです。

生きて行くことには、さほど意味はないものです。

ただ苦しいだけの真面目さは捨て去り、適当に生きる勇気を持てば、心はらにくなっていきます。

上手くやろうとせず、失敗を恐れず、許す心を持って生きていれば、幸せな時間は増していくはずです。

適当に生きる勇気を持とう

自分の中にある「しなければいけない」「するべきだ」という呪縛を解くのは、自分しかいません。

それは、「許す」という意識によって、解放されていきます。

「適当に生きる」ということは、「人間なのだからそれくらいいじゃないか」という大きな枠組みで人生を捉えることにあります。

真面目な人たちは、「不真面目でけしからん」などと言うかもしれませんが、そういった人たちほど、本当はやめたい何かに縛られ、自分を許すことが出来ず、抜け出せなくなっているだけです。

自分の人生を、苦しいものにするのか、楽なものにするのかは、自分次第です。

本当はありもしない言葉や圧力に臆する必要はないのです。

そこにある恐怖や不安こそが、自らが生み出した幻想にしかすぎないのです。

適当に生きる勇気も持って、もっといい加減に生きてみるといいでしょう。

人生はただ、楽しむためにあるものです。

疲れ切ってしまうほどに頑張ってきたことがあるのなら、それを手放し、適当にこなしてみるといいでしょう。

楽しさを重視し、真面目さを捨てて、勇気を持って適当になれば、これまでとは違った世界を見ることが出来るかもしれませんよ。

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