ないものを追いかけると永久に苦しむことになる

私たちが生きるこの世界には、苦しみは存在しません。

誰もが幸せに生き、愛に満ち溢れた世界で生きることを約束されています。

あなたを苦しめているのは、あなた自身です。

怖れることなく、新たな一歩を踏みだし、それをやめることによって、あなたは自由な人生へと解放されるのです。

自らの肉体や、魂を磨くための行動は、生きる人の心を豊かにします。

心が豊かになっていけば、今に幸せを見出すことが可能になります。

ただ、「自分を磨く」という行為が、「何かを獲得するため」なのであれば、それは苦しい生き方になってしまうでしょう。

何を目指しているのか?

己を磨くことが楽しいのであれば、それは幸せな時間となるため、とても素晴らしい人生を創る軸となるでしょう。

しかし、それが幸せで在るために継続するのではなく、何かを目指しているのであれば、同じことの繰り返しかもしれません。

そこに辿り着いて、何をするのですか?

それが出来るようになって、どうしたいのですか?

ずっと何かを目指し、追いかけていき、一体どうなることを望んでいるのですか?

楽しいと思うことを継続していれば、結果は必ず後からついてきます。

ただ、もし何かを克服したり、望む結果を勝ち取ることを目指しているのであれば、そこに終わりがあるのかを冷静に見つめ直したほうがいいかもしれません。

仮にもし、完璧を目指しているのだとすれば、生涯苦しむ生き方になるかもしれません。

全てある

ない物を追いかけ、完璧を目指し、不足を埋めようと頑張り続けると、その道には終わりがありません。

人生のどのタイミングで、そのことに気付けるのかどうかによって、幸せに生きられる時間が変わります。

目標を持って生きることは、とても素晴らしいことなのですが、「ないものを追いかける」といった行為そのものを変えない限り、生涯その努力をやめることが出来ず、幸せの一歩手前の生き方が永久に続きます。

それをしなくても、あるものをみつめていけば、何も問題はないことに気づくはずです。

自分の中に、最初から全てあるのですが、そのことを忘れ、ない物をおいかけていくと、例えそれを手にしたとしても、再び同じように走らなければいけなくなります。

全て在るのですが、ないと思い込み、自分の手中に収めようと手を伸ばしていくから、終わりのない幻想に支配され、自ら苦しむ生き方をしているということです。

生きていればそれでいい

ないものを追いかけてしまうのは、欲張る心に支配されているからにすぎません。

それがなかったとしても、生きることにはなんの支障もありません。

理想を高く持ってしまい、常にその比較対象があるために、自ら不測のギャップを生み出し、無駄に苦しんでいるだけなのです。

今日一日、健康に幸せに、楽しく生きることが出来れば、それでいいのです。

ないものを数えていれば、終わりがありません。

ないものを見えて生きれば、苦しいだけです。

あるものを数えて生きれば、心は満たされていきます。

あるものを見て生きれば、今すぐに幸せになれます。

これほどに簡単な幸せになれる方法を、誰もが探し続けて、ありもしない幻に支配され、振り回され続けてしまうのです。

心を解放して幸せになろう

「欲しい」があるから「ない」が生まれます。

「理想」や「期待」が「失望」を生み出します。

自分の中に意識を集中させていき、あるものにフォーカスし、今まさに「幸せで在る」ということに気づくことによって、ないものを追いかける心は消え去り、本当のあなたが解放されていきます。

あなたを縛り続け、苦しめているのはあなたです。

あなたを解放し、幸せにすることが出来るのも、あなただけです。

ないものを追いかけること、今すぐにやめ、あなたがあなたを幸せにしてあげましょう。

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