全てが正解となっていく

どちらかになってしまうと、人は悩み苦しみます。

真実には正解も不正解もありません。

正解があると表現するのだとすれば、どちらだとしても同じで、どこをどう辿ってもそれが正解になるものなのです。

人はなぜ考えたり、悩んだりして苦しむのか。

それは、どちらが正解で安全なのか、どうすればいいのかを先に予測して考えてしまうからです。

その悩みから抜け出し、迷いを無くすためには、全ては正解であると気づくしかありません。

どの道を進んでも同じ

どこをどう辿っても、どれを選んでも、どう進んでも同じです。

歩いた道が正解の道となるものなので、目の前の二択に惑わされないことです。

本当は、目の前に二択はありませんし、道そのものが存在していないのですから、ただ、一歩ずつ前に足を踏みだしていくだけです。

自分自身が、この先に道があると思い込み、別れ道を創り出し、ただ立ち止まっているだけです。

どの道を進んだとしても同じですし、道はそもそもありません。

歩いてきたところを振り返ると、そこに道のような軌跡があるだけです。

さらに言えば、後ろにも道はないのかもしれません。

だからこそ、私たちは迷う必要などないのです。

選んで進んでも、進まなくても、

選ばされて進んでも、立ち止まっても、退がっても、全てが正解なのですから、何も考える必要などないのです。

それが最善の結果

仮にもし、進めない道があったとしたら、それはただ進めない方向です。

それだけのことですので、落ち込んだり悩んだりはしないことです。

それは上手くいかないことですし、成功や失敗があるとしたら、その道で成功しないことが、あなたにとって別の成功をもたらすということです。

失ったから、諦めることができ、別れを受け入れると、自由になれます。

上手くいかなかったこと、失ったことに過剰に悲しむ必要はなく、その出来事によって得たこと、成功したこと、進めた方向を見て下さい。

今向いている方向こそが、あなたにとっての道であり、それがあなたの正解なのです。

失って良かったのです。

別れて正解だったのです。

負けたからいいのです。

やめたから楽なのです。

苦しみの原因は、得ること、居ること、勝つこと、やることだけにこだわって、執着しているからです。

今はそれが最善の結果であると受け止め、すぐに次の段階へと進みましょう。

好きなように生きればいい

どの選択をしても、それが正解になるように出来ているものなので、生き方は自由だと言えます。

勉強が出来ない、スポーツが出来ない、学校に行けない、仕事が遅い、上手く話せない、お金がない、恋人がいない、友達が少ない。

だから良かったのではないでしょうか?

右に行けば左に行けないのは当たり前のことです。

進んでいない方向、持っていないモノ、出来ないこと、失ったものを見ていると、生きるのが辛くなるのは当然です。

ですが、他の人と比べてそれがない、劣っていることによって、持っているもの、優っていることが必ずあるはずです。

物事は表裏一体で、対極にあるものは調和をとります。

どこをどう辿っても同じなのですから、嫌なこと、苦手なこと、不得意なことなど見なくてもいいし、やらなくてもいいし、補わなくてもいいし、克服なんてしなくてもいいのです。

全てが正解になるように出来ているのですから、好きなように生きていいということになります。

人生とは自由で、誰もが上手くいく、幸せになるように決まっているものです。

苦しいこと、辛くなることなどやらなくてもいいのです。

毎日を楽しく、好きなことをして、自分だけの物語を描いていれば、それでいいのです。

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