私はどっちでもいいと思うんだ

色んなことがあるけれども、どちらかだと思ってしまうから苦しむんだよね。

私も随分と長い間それに苦しめられてきた。

悩みは自分で生み出しているし、問題ではないことで騒いでいるのも自分。

これまで、辛く苦しい生き方ばかりをしてきた気がする。

それでも、それらの出来事に意味がなかったとは思ってはいない。

ただ、わかったことは、他人の言う通りになんてしなきゃよかったってこと。

ただただ怖かった

何をするにしても、私は怖がってばかりだった。

怖いから何も出来ないし、何もしないから怖いの繰り返し。

失敗すると怒られたし、怒られるから怖くてまた失敗してた。

とにかく私は何もかもが怖かった。

その頃は、生きるのがとても辛くて、隠れながら好きなことをしていた。

いつも楽しそうに生きている人たちを羨ましく思いながら、私が出来る範囲内で楽しもうと必死に生きていた気がする。

それでも、それがダメだと言われると、さらに苦しかった。

外に出るのが怖くて、人に会うことが怖くて、だからと言って、一人になるのも怖かった。

どうしてだろうとわからなかったけど、やっと今になって全てが理解できた気がする。

何にもならない

怖れていたことは、他人から刷り込まれた洗脳で、何もかもが妄想だった。

怖れに縛られ続けた私は、ずっと小さな世界でしか生きられなかった。

それでも、そこにずっとい続けることが苦しくなり、楽しく生きている人たちに混ざりたかった。

同じように飛び跳ねてはしゃぎ、疲れ果てるまで遊んでみたかった。

もうここにはい続けることは出来ないと決意し、外の世界へと飛び出していくと、教えられたことは全部嘘だった。

何も起こらなかったし、何かあったとしてもどうってことはなかった。

ほとんどのことは、何とでもなるし、どうにでもできた。

傷を作りながら駆け抜けて、ボロボロになりながら暴れて、お腹いっぱいになるまで笑い転げた。

それほどに楽しい日々はなく、怖いものなんて何もなかった。

どっちでもいいと思う

ややこしくしてしまって、苦しんでしまうのは、他人へ余計なことを教えるからだと思った。

誰が何をしようと、どこへいこうと、どれを選ぼうと自由なんだから、別にいいじゃない。

じゃないと、私も自由になることはできないから。

それはどっちでもいいし、どうでもいいんだよ。

宇宙の規模からしたら、大した問題じゃないんだから、そんなことにこだわらなくてもいいじゃん。

私は私の人生を思いっきり生きていたいから、あなたもあなたの人生を思いっきり生きてみて。

怖いことなんて何もないからさ。

そうなったらなったで、それも面白いものなんだよ。

正解なんてないんだよ。

好きなことをやればいいし、やっていることを好きになってもいい。

好みの人を追いかけてもいいし、目の前にいる人を好きになるのもいい。

どっちでもそれが幸せならそれでいいんだよ。

大切なことは、幸せに生きることだけ。

悩むことなんてないからさ、幸せな生き方を選んでいこうよ。

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