今が最善の状態が続く世界

世界は常に、そのままで完全なる状態を維持しています。

過剰になることなく、不足することなく、絶えず変化を繰り返しながら、エネルギーが循環し続けているだけです。

全てを手放し、大自然とこの全宇宙の力に身を任せてみて下さい。

辛く苦しくなってしまうのは、何かが不足していて、その不足感による不安や恐怖が妄想となって生み出されるからではないでしょうか。

何をやってもどこへ行っても、どのような状態となっても、それが最善の状態を維持し、常に完璧なままそこに在ります。

世界は心で創造されていく

過不足を感じてしまうのは、心の中で今ある状態と何かを比較することから始まります。

よくある悩みとしては、お金の問題や人間関係でしょう。

お金がない、してくれないという感覚が生まれるのは、自分にとってある状態とする基準が今以上のところ、別のところにあるからです。

お金はあるはずです。

してくれていることもあるはずです。

それが今の最善の状態であって、何の過不足もなくそれが維持されます。

「ない」と感じてしまうのは、他人や環境がそうであるのではなくて、自分の心が「ない」を見つけている。

つまり「ない」を自ら生み出しているということです。

それはそういう人であり、そういう場所でしかありません。

自然に補われていく

常に完璧な状態が維持されるこの世界では、余っているところから不足しているところへと自然に流れ込みます。

全てにおいて、その現象が繰り返されています。

水は高い所から低いところへと流れ、空気は温かくて膨張しているところから、冷たく縮小しているところへと移動します。

それと同じように、多い所から少ない所へ、強いところから弱いところへと動きます。

その不足を、自分で補おうとしたり、埋めようと取りに行ったりしなくても、自然な流れに身を任せていれば、補われていきます。

ありのままそのままを受け入れて、この自然な流れによって働く力を使えば、頑張る必要もなく、辛く苦しくなることもありません。

最善が続く世界

例え何も入って来なくても、今はそれが最善であるということ。

蓄えることも、放出することも永続的に維持することは不可能なのです。

常に循環し続けているのがこの世界であって、最善な状態が維持され続けているだけです。

人間が五本指であるのは当たり前ですが、六本指の人間そっくりの生命体が存在すれば、指が多い、少ないといった概念が生まれます。

手や足、耳や口、その全てにおいて、それが言えます。

そして、同じ人間であっても、それぞれが違った形をしていて、同じ人は二人として存在せず、それが完璧な状態です。

出来る出来ない、あるない、善い悪いは存在しません。

今ある状態が最善で、そのまま生きていることそのものが完成されている姿です。

今を生きるしかない

今が最善であることに気づくことは、今を生きるというだけのことです。

どこかに目標を立てて、理想を掲げた時から、不足が生じて苦しい道のりが始まります。

今を生きるのです。

その歩いた道のりに、結果が遺されていくだけです。

今ある状態以外を求めると、それが自分の苦しみとなります。

何かを要求すると、不足感が返ってくるだけです。

今が最善ですので、その完璧である状態を感じて、不足を発生させないことです。

不足感は、心の中で生み出されているだけで、自分が不運なわけでも、不幸なわけでもありません。

他人との比較、理想との比較をやめてしまえば、今が完全であることを感じることができるでしょう。

気づくだけで人生が変わっていく

これまで、人生が苦しいものだと感じていたのなら、それは自分の心がどこかに何かを求め続けていたせいでしょう。

何もしなくても大丈夫です。

自分がやらなくても、誰かがやってくれますし、自然の力で補われていきます。

何かを感じた時には、それをどうにかしようとするのではなく、すぐに自分の心の中にある思いに気づいて下さい。

なぜそう感じてしまうのかに気づけば、その問題はそこで終わります。

気づくだけで、何もしなくてもいいのです。

何もしなくなった時に、無限の可能性を感じて、最も行動的に、情熱的に生きられるようになります。

求めなくなった時に、欲しかったものは全て集まってきます。

与えられているものに感謝し、そのことだけに満足していれば、それだけで大丈夫です。

イライラしたり、落ち込んだりしてしまうのは、他人からの攻撃を受けているわけではなく、自分の中にある不足感に気づくための警告です。

それに気づき、自分をいたわり、やわらかく包み込むだけで、人生は大きく変貌していきます。

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