人生には意味などない気がする

人はなぜ生まれ、なぜ生きて行くのか?

そんなことを考えてしまう時は誰にでもあるもの。

あらゆる教えでは、魂の修行であったり、転生であったりとも言われる。

そのどれも、正解であって正解でもない。

かといって不正解なわけでもない。

生きる意味が見いだせなくなったら、とことん考えてみるのもいいかもしれない。

私自身、何度も悩み、考え尽くし、学び続けてきた。

それでも、やっぱり生きる意味などはわからない。

わからないからまた考えてしまう。

けど、最初から答えは出ていたのかもしれない。

「わからない」

そう

「わからない」、「わかりようがない」という答えが最初からあったことにずっと気づかないでいただけ。

これは、他の小さな悩みでも言えることで、悩んだ挙句に悩むことの無駄さに考えるのをやめてしまう。

そのテーマがたまたま「生きる」ということであっただけで、やっぱり考えても意味はないし、そこに意味を見出すことすら必要はないような気がしてきた。

私たち人間は、何かの答えがあることに安心し、そこに寄り添って生きればなぜだか歩きやすくなる。

だけど、何もかもに答えがあるわけじゃなくて、結局は正解のない世界に私たち人間がそれっぽい意味付けをしているだけに過ぎないと思う。

生きることは、ただ「生きる」ことだけでしかない。

だから、今日一日を、無事に生き延びることができたら、それで幸せ。

そこそこに頑張って、それなりに美味しさを感じて、楽しく笑って寝ることができればそれで十分。

生きることの意味は、毎日を生きることだけ。

そして、私たちはこの自然界で、宇宙の中でただ生きているだけだということに気づいてしまう。

そこに意味なんてものは最初からないのだと思う。

地球という星に生まれて、食べるために働いて、それなりに面白そうなことを見つけて、そうこうしているうちに天寿を全うする。

それだけなんじゃないかな。

毎日をただ単純に生きて、何かが変わっていくのを感じながら過ごしていけばいい。

賢くなったり、強くなったり、沢山の物を持つ必要があるのだろうか。

私は今でも楽しく生きています。

全ては今、ここにあるのだと気づけば、毎日が幸せです。

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