アドラー心理学の課題の分離!他人が考えていることを考えても意味がない! 

ストレス社会で、心理学からスピリチュアルまで学び始めている人は多くおられるでしょう。

その中でも、アドラー心理学はかなり有名になりました。

嫌われる勇気というタイトルによって、私たち日本人に様々な衝撃を与えたのは間違いありません。

その中でも、今回は課題の分離についてです。

これが上手く出来ていないと、人との関係にひずみが生じます。

特に、協調性や他人への思いやりに重きを置きすぎたことで、多くの日本人たちは頭を悩ませ、心が病んでしまいました。

行動そのものは間違ってはいなくても、心からの行動でなければただストレスになるだけです。

では、ストレスなく他人と付き合い、互いに共生していくにはどうすればいいのでしょうか。

課題の分離は、少し勇気のいることなのですが、自分の心を楽にすることができます。

いくら考えても意味がない

他人の思うこと、言っていること、していること。

その真意を知りたくて、本当はどう思っているのかをいくら確かめようと、それは無駄な力となるだけです。

一体どうしたらそれを知ることができますか?

どう思っているのか聞く?

その言葉の裏に、別の答えがあったとしたら行動を見る?

その行動を見て、本当はどうなのかを最後まで確かめる?

他人の考えていることを知ろうとすることは、無限に答えの出ない道を行こうとしています。

どれだけ考えたとしても、他人の考えていることはこうに違いないという自分の考えがそこにあるだけです。

いくら聞いても見ても、調べ尽くしたとしても、真実は完全に理解することができません。

何度やっても、どれだけ進んでも、あるのは自分の考えだけなのです。

ただ信じれば楽になれる

課題の分離とは、ただ、相手の言動や行動をそのまま信じればいいだけです。

「こうです」と言われたら、「そうなんだ」と受け取るだけ。

「こう見える」と思ったら、「そうなんだ」と受け取るだけ。

目の前の現実を見て、ただそれを信じて受け取っていくことで、自分も楽になることができます。

本当はどうなのかと掘り下げていくことは、疑うことでしかなくて、自分も相手も傷つけるだけとなります。

恐らく、そんな風に掘り下げていってしまうのは、自分の都合のいい答えが最初から決まっていて、その辻褄が合うようなピースを集めていっているだけなのです。

自分の価値観によって、同じものを見ても、全く別のものに見えます。

いくら相手へとアプローチをかけても、何の意味もありません。

そこに見えているものは、疑っている自分、受け入れない自分、都合のいい現実へ捻じ曲げたい自分がいるだけです。

それ以上でもそれ以下でもない

他人との関係で、複雑に見えてしまうのは、全て自分が複雑にしているからです。

自らの言動によって、相手がどう思ったのかはわかりようがありません。

そして、相手の行動がどのように映るのかは、自分の中で決まっています。

私はこう思います。

しか存在しないだけで、それによって行動が変わるだけです。

それ以上でもそれ以下でもなく、互いの思いを誰も捻じ曲げることなどできません。

それを受け入れていくことで、始めて課題の分離が成立します。

課題の分離は、一見怖いように思えますが、自分を楽にするための生き方です。

自分が思ったように行動する。

そこで誰がどう思っても、そんなことは自分には全く関係なのです。

思った通りに行動して大丈夫です

誰かの否定的な言葉に心を痛めて、自信を失ってしまうことで、他人の言葉や行動が気になってしまうのでしょう。

ですが、全て自分の思った通りに行動しても大丈夫です。

誰がどう思ったとしても、それは自分には何の関係もないことですし、そこまで考える必要はありません。

ただ、私はこれがいいからしているだけで、そう思うからそうだと言っているだけ。

それが正しいのか間違っているのかなど、誰も聞いてはいませんし、他人がどう思うのかは先に考えることも必要ありません。

自分の思った通りに行動して、思ったことを伝えていきましょう。

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